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原始の自然の営みに、ただ、溶け込む「白駒の池」

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初めて「白駒の池」を訪れた時、そこは真っ白な世界だった。

 

長野に移住した初めての年の4月。

某鉄道会社のポスターのロケ地である苔の森を、この目で見てみたい、と思い立ち、引っ越しの片付けもほどほどに、「白駒の池」を訪れた。

 

気軽な気持ちで、一面の緑色の苔を楽しみに車で向かうも、山道のカーブを曲がれば曲がるほど、道端に雪が増えていく。

もしかしたらこの辺りの季節は、まだ冬なのかもしれない。そう感じ始めていた折に、駐車場に到着した。

 

車を降り、振り向くと、うずたかい雪が完全に池への道を覆っている。

全くもって緑ではないその景色は、思い描いたそれとは程遠い。でも不思議なことに、その時の私は全く落胆することはなかった。むしろ、興奮を覚えるほどだった。

 

長野って、すごいところだ。

 

そう思わせてくれたのが、私と「白駒の池」との最初の出会いだった。

 

それまで山とは無縁だった私はこの時初めて、標高がもたらす気候差を実感した。

そう、長野一年目の私は、そもそも標高というものが何なのか、これっぽっちも知らなかったのだ。

 

その日は、雪道を滑らないように時間をかけて遊歩道を歩き、何とか池まで到達した。

未だかつて見たことのなかった、氷結した湖。その美しい姿に心から感動し、雄大な自然に身震いしたのを覚えている(寒さのせいでもあるかもしれない)。

 

これ以来どんな低い山に行くときにも、万全の装備をするようになったことを、付け加えておこう。

 

「白駒の池」は標高2100メートルを超える場所に位置する湖で、この高さにある天然湖としては日本最大だ。樹齢数百年を超える木々に囲まれ、大小さまざまな岩石が転がったその表面を、なめらかな絨毯のように苔が覆っている。

その景色は、まさに原始の森。私たち人間よりもはるかに長いその歴史を、そこに立つだけで感じることができる場所でもある。

 

雄大な自然を見るためには、何時間も山を登ったり、歩いたり、私のような素人ではなかなか辿り着くのが難しいことも多い。

だが「白駒の池」までは駐車場から徒歩15分ほどと、気軽に訪れられるのが、良い。

 

とはいえ、ここから他の山へのトレッキングへ出かけることもでき、登山者向けの宿泊施設やテントサイトもあるので、山に慣れ親しんでいる人にも楽しめる。

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ここには、さまざまな格好をした人がいる。観光バスから降りた軽装な旅行者、数日分の装備を背負う登山者。色んな楽しみ方をする人が行き交う交差点のようで、私にとっては、それもまた魅力のひとつなのである。

 

最初の衝撃的な出会いの後、私はこの地の虜となり、何度も訪れるようになった。

緑の木々が爽やかな景色も、紅葉で色とりどりの季節も、まぶしいほどの雪の景色も、どれも本当に美しい。

 

入り口から木製の遊歩道を歩き、池にぶつかったら、左回りで池を回るのがいつものルートだ(混雑時は右回りの一方通行になるのでご注意を)。

 

少し歩くと現れる「青苔荘」の前で一度立ち止まり、その古き良き佇まいに惚れ惚れしながら、池に伸びる桟橋方向へと下っていく。

周遊する前に池を一望するのは、達成感を味わうのには欠かせない。ここを歩くんだなあ、そうしみじみしたら、再び周遊路に戻り、歩いていく。

 

歩道にはニュウやニウと書かれた看板が所々に立っているのだが、この文字の並びに、なぜかいつも心が温まる。ニウ。なんともかわいらしい響きではないか(ニウ方面からはしっかりと登山の格好をした人が降りてくるので、私はまだ踏み出せていない)。

 

四阿を過ぎたあたりから、原始の森の景色がさらに濃くなっていく。少し歩き、たまに立ち止まってみる、を繰り返してみると、その度に辺りは静まり返り、鳥の鳴き声が聞こえる。

ふわりと漂う空気をたっぷりと吸い込み目を閉じれば、自分もこの原始の森に溶け込むような感覚だ。

 

この辺りに来る頃には、日常のことなど、もう、すっかり忘れている。些末なことなど、どうでもよくなるほどの景色が、ずっと続いているのだから。

 

苔だけでなく、無骨な巨大岩石、そしてそこに這う根から伸びる木々、木々の隙間からたまに顔をのぞかせる池、そこに映る空。

それらを見ながらのんびり歩いていると、あっという間に時間が経ってしまう。

 

一歩歩くごとに、自分という存在が、自然に戻っていく。そうだった、私は、地球に生きていたんだ。そんな当たり前なことを、改めて教えてくれるような時間だ。

 

美しい景色を前にすると、たくさん写真を撮りたくなる。実際に何度もカメラを取り出して撮ってみたのだが、私レベルの技術では、その地で実際に眺める景色の方が、やっぱり格段に美しい(後で見返すと、何を写したかったのか、よくわからない写真ばかりなのだ)。

 

だから最近はもう写真をあきらめて、目いっぱいその場で景色を心に焼き付けることに専心している。

でもそうすることで、より景色の美しさに気づけるような気がして、それはそれで良いのかもしれない、とも思っている。五感全てで、たっぷりその空気を味わうのだ。

存分に景色を堪能しながら30分ほど歩くと、池をあらかた一周し、「白駒荘」が見えてくる。

広々とした併設のレストランに入り、まだふわふわしている気持ちを一旦ここで落ち着かせる。寒い時期にここで温かい飲み物を飲みながら外を眺めれば、まるで天国にいるような気持ちになるので、ぜひ試してみてほしい。

ちなみに、貸しボートもあるので、池に浮かびながら自然を満喫するという、夢のようなことだってできるのだ。私もいつか、これをやりたいと思っているところだ。

 

旅の終わりに、「白駒荘」の先にある四阿でまた池全体を眺めてみると、その表情の豊かさに気づく。

 

季節ごとに変わる色彩だけでなく、見る角度によっても様々な美しさを見せてくれる「白駒の池」。周遊コースだけでなく、高見石展望台から眺める池全体など、絶景スポットが沢山あり、その魅力は語りつくせない。

何度行っても、その度に新しい発見があり、そして何度でも心打たれる。

 

散々書き連ねた後に言う言葉ではないかもしれないが、この雄大な自然の前には、どんな言葉も必要なくなってしまう。ただ、そこに行って、感じる。それが、「白駒の池」の魅力を感じる唯一の手段なのだと、やはり思う。

 

のんびりと、時に立ち止まって、景色に身を任せ、そして、原始の森の一部になる。そんな体験ができる、「白駒の池」。

また次に行くときにはきっと、新しい発見が待っている。そう思うと、やっぱり何度でも、また行きたくなる場所なのであった。

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文:櫻井麻美(さくらいあさみ)

ライター、エッセイスト 

長野県公式観光サイトGo NAGANOにて、コラム連載 

その他、旅をテーマにイラストレーターやヨガ講師としても活動している 

Access

  • 鉄 道:

〇北陸新幹線・佐久平駅またはJR小海線・八千穂駅から千曲バス・白駒線で「白駒池入口」で下車。

※夏季のみ運行:https://chikuma-bus.com/ (→路線バス→白駒線)

  • 自動車:

〇中部横断自動車道・八千穂高原ICから国道299号を麦草峠方向に進む。途中「やちほ夢の森」のT字路を直進し国道を行くルートか、左折すれば景観の良い町道を行ける。

〇国道141号・清水町の交差点から国道299号を麦草峠方向に進む。途中「やちほ夢の森」のT字路を直進、或いは左折し町道を通行。

〇小海町方向からは、松原湖、高原美術館、小海リエックス方向に進み、レストハウスふるさとのT字路で国道299号を通行。

  • 駐車場:

〇白駒の池の駐車場。※紅葉の時期は、国道299号や白駒の池の駐車場が混雑するため、佐久穂町や小海町が運行するシャトルバスをご利用ください。

 ライブカメラ(白駒池駐車場)

Caffe/Lunch

【山小屋】青苔荘

針葉樹の原生林に囲まれた湖畔の山小屋。宿泊は完全予約制ですが、売店で飲み物等を購入できます。周辺の山小屋のご主人の皆さんは、青苔荘の山浦清さんをはじめ、北八ヶ岳苔の会の活動等で自然や登山道の保善の為に、長年精力的に活動をされています。
※白駒の池の駐車場から遊歩道を進み、池手前の分岐点で左に進む。

​>佐久穂町観光協会_山小屋紹介

【山小屋】北八ヶ岳 高見石小屋

見石展望台から望む白駒池の美しさは格別。名物のあげパン、自家焙煎珈琲、八ヶ岳産いちごのソーダ、高山帯に生えるコケモモのジュース等。

喫茶の営業時間は10時〜14時まで
※白駒の池の駐
車場から遊歩道を進み、途中の分岐点で右に登る。

>佐久穂町観光協会_山小屋紹介

【山小屋】麦草ヒュッテ

赤い三角屋根がトレードマークの山小屋。すぐ近くに登山口があり、ここを拠点に茶臼山や縞枯山、ニュウなどの山頂を目指す登山者も多い人気の山小屋。日中は軽食やスイーツ等も。
※国道299号麦草峠地点

Local Info.

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八ヶ岳には国内に見られるコケの約4分の1の種類が自生しており、 2008年に日本蘚苔類学会より「日本の貴重な苔の森」として選定され、保護をされています。

北八ヶ岳苔の会は、白駒池周辺の山小屋4軒と白駒池入口にある有料駐車場の経営母体である南佐久北部森林組合の5者で、苔だけでなく、原生林、白駒池すべての環境保全をおこない、今のままの自然を後世に伝えようと、2010年に発足した会です。

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